みんなでライフスタイル

みんなでライフスタイルの多様性についてもう一度考えてみよう、というテーマでいろいろなことを考えてみます

みんなのアンケート結果はこちらです。 hello! theme by cissysaurus
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現時点での総括、または自由になるプロセスを自分で考えること

様々な方の協力もあり、多くのエントリーを公開することができました。

多種多様な意見の中で、総括というのはなかなか難しいのですが、上のエントリーを読んでいただければ、いろいろ考える事、気づくことが多いと思います。ここでは、上記のエントリーを公開して、改めて感じたことを一旦まとめてみたいと思います。

日本の過剰サービス

多くの方のアンケートでまず出てきたのは、「日本の過剰サービス」についての言及です。

例えば牛丼屋に行っても、クリーンできちんとしたサービスを受けられることに海外に行くとそれがどれくらい異常なことがわかると思います。たとえば、きちんと清潔な飲める水やお茶がすぐにでてくるとかアメリカファストフード店でも考えられないことですよね。

3103さんのアンケートで、これは日本で過剰な小売などの競争があるため欠品があったりすると、それがすぐに機会損失につながるからだ、という指摘がありました。たぶん、これは牛丼屋などにも言えることで、商圏が狭い中でみんなが過剰サービスを競っている状況なのですよね。昔、田舎に住んでいた頃、その地域に唯一の個人商店があって、そこでは欠品があってもだれも文句を言わずにあるものを買っていたのを思い出します。結局、その地域にコンビニが出店し、圧倒的なサプライチェーンPOSシステムにより欠品なし、完璧な流通が「普通」のこととなり、その個人商店は潰れてしまいましたが、今はこの高度な流通を備えた店舗同士がしのぎを削っている状況なのだと思います。

ただ、この競争が流通のような部分だけではなく、牛丼屋やファストフードにまで波及してしまっているのが日本の異常な部分で、どうして自分たちが高級店にもファストフードにもクリーンで気の利いたサービスを求めているのか、という仕組み的な部分を考えると、よく言われることですが、たしかにみんなで不幸になっている側面もあり、難しいな、と思います。でも、サイゼリヤとかを考えると、そのかわり僕達はすごく安い金額で、きちんとしたご飯を食べる環境が整っており、これはみんな共犯者みたいな状態になっているのだと思います。

また、たまに日本の過剰サービスを海外に売りだしていけば良い、というような意見がありますが、これはとても難しいと考えています。というのも、日本の過剰サービスがカバーする小売や飲食という分野は、まず大前提としてその国のローカルな条件によって成り立つ非常に労働集約的な産業であるからです。これを切り出してパッケージ化するという作業は、東京ディズニーランドと同じ物を中国につくろうとするくらい無茶な意見です。ただ、ファッションでもグルメでもアニメでも、コトコトに煮詰めた他国のエッセンスをあたらしいMade in Japanとして評価されるということは各所でおきているので、それはもうパッケージではなく人材として海外に出ていくという形で良いのではないか、と思います。

コミュニティの濃密さ

また、多くの人から言及されたのが「○○してはいけない」という暗黙の圧力です。

ある人にとっては、これが日本にいるのを面倒にする大き理由だったりしますが、一度コミュニティに属すと、なかなか日本人同士ではないと得ることができない、空気まで読めるコミュニケーションというものが存在し、それが普通になってしまっているコミュニティ(特に年配の女性に多いように思いますが)にとっては、「自分とは違う他者が存在する」という当たり前のことが尊重できなくなっている状態ではあると思います。

この部分の解消というのは、高齢化がさらに進む日本では難しいでしょう。基本的にパラダイムシフトコミュニケーションの変化というのは、個人の変化ではなく世代交代によりすすむものです。そして、日本ではこの世代交代の力が非常に弱くなっている。このような状況で、パラダイムシフトコミュニケーションの変化を期待するのは時間の無駄です。

なので、この圧力に馴染めないと思う人はかなり生きづらい状態になっているのではなないかと思うのですが、個人的にはそういうことに無頓着な関係、むしろ個人がのびのびと活躍できることを尊重する環境が、皮肉にも正規雇用の減少とともに、整いつつある分野も増えてきていると思うので、そういう環境に飛び込んでしまうというのも海外に出るのと同じくらい有力な選択肢なのだと思います。

ただ、この飛び込み方がポイントで、ここで良い飛び込み方ができるかどうか、というのがポイントとなる。そのときに運や縁というものを自分にとってどういう風に位置づけていくか、というのが日本にいても、海外にいてもポイントになってくると思います。

移民は「何か」の特効薬になるか

たぶん、この二つのトピックを抜きに次の変化を考えることはできないと思うのが、「移民」と「英語」です。他の国では、「移民」の存在が社会における大きな影響力となり、コミュニケーション能力に依存しないオペレーションの確立、言語スキルに依存しない仕事の進め方、優秀なエンジニアが常にインドから流入する状況でのキャリアデザインなど、さまざまな変化における原動力となっています。僕は日本における移民は絶対に国民のコンセンサスでは進まないと考えています。それはこれからますます貧乏になる日本で、治安維持にかかるコストをこれ以上あげるのは難しいと思うからです。一方、日本では常にそうですが、企業が移民の最大のドライバーになると思います。すでに新卒でできる限り外国人を採用したいと言っているパナソニックなどの企業もありますが、この部分がさらに加速し、企業主導での外国人との交流がますます加速していくと思います。

今の円高を海外企業の買収に利用しない手はありませんから、いろんな企業の現場で買収した企業との交流がすすんでいると思います。最初のエントリーで「高齢化社会において変化がないことこそが民主主義的正義」と述べましたが、企業がそのような事情に縛られる必要はないので、まぁ、従来通りといえば従来通りですが、企業が率先して動き、それにあわせて様々な法制度が整備されるような流れを期待しています。

囚われないこと、これから自分でやってみること

さて、最後に3103さんのアンケートに書いた以下についてもう少し掘り下げてみたいと思います。

なので、僕は最近、ちょっと考えが回ってきて、過去に自分でこの国にとどまることを「撤退戦」と表現しましたが、退路をきちんと考えずに「撤退戦」をすることほど愚かなこともないな、と思うようになってきました。そのためのヒントとして、「みんなでライフスタイル」をはじめてみたのですが、たくさん有意義な意見をいただき本当にやってよかったと思ってます。

「みんなでライフスタイル」を行なってみて、感じたことは「海外に住んでみるというのは、自分が何に囚われているのか、何から自由になるのか」というプロセスを含んでいること、また多かれ少なかれ「個人で必要とされる、どこでも仕事が出来る」ようになるプロセスの一部なのだということでした。もちろん、実際に移住や海外赴任しようと考えると、教育や家族の問題で難しい人が多いとは思うのですが、それでもやってみる価値はあるな、ということでした。だれもがumitanukiみたいなどこでも必要とされる最高クラスのエンジニアでもないし、yukanonさんみたいな男前なモチベーションを持っているわけでもないですが、それでも十分トライしてみる価値がある、と。

個人的には、まずは1ヶ月ほどどこかで長い休みをとってトライアルでどこかに住んでみようと思います。そこで、「もうちょっとやってみよう」と感じるか、「いやもう十分だな」と感じるかわかりませんが、まずはその位からスタートして、その上でより自分を自由にするプロセスをすすめる、などの選択肢が見えてくるような気がします。僕にとっての退路というのは、一般的な「海外脱出」ではなく、何から自由になるべきかということに関するプロセスなのだと考えています。で、たぶん、それは個人にとって違うので、それを考える機会として、こういう多様な意見を思いっきり利用していただければ幸いです。

最後に

改めてアンケートに回答してくれたumitanuki、parchanさん、kskさん、geek_niigataさん、yokokawa244さん、3103さん、yukanonさんにお礼申し上げます。ありがとうございました。まだ、「みんなでライフスタイル」プロジェクトは続きますので、よろしくおねがいします。

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元外資系金融マンのシカゴでのライフスタイル

今回回答いただいたのは、彼女を追ってシカゴに移住した元外資系金融マンyokokawa244さんです。

簡単な自己紹介と海外に移住した理由を教えて下さい。

大阪でうまれて兵庫県に育ち関西をこよなく愛するも、男しかいない学校環境に動物としての不自然さを感じる。通学の電車で分厚い英語の本を毎朝読んでいるエキゾチックな女子学生Sさんに恋をして日本語で話しかけるも英語で返されて撃沈、自分の人生には英語が絶対必要だと感じる。それから間もなくSさんがいつもの通学電車から姿を消すが、きっとアメリカの大学に進学したのだと確信してその後を追ってアメリカに行く決意をする。高校1年の夏に渡米。3年後アメリカの高校を無事卒業して帰国するが、Sさんの行方は未だに分からない。

帰国後、自分の半生を自己弁護しきった願書を某大学AO入試事務所に送りつけるとその年の成績優秀者として合格、自惚れる。大学近くの定食屋で暴力的な量のチキンカツ定食を1週間毎日平らげる記録をつくり、盛岡ではわんこそば100杯超えを達成して横綱の称号を獲得、丁度その頃に「チームとん菜」を結成する。欧州、中華諸国、メキシコ中米を旅行する機会に恵まれて色々楽しいことを学んだ。色々と楽しい大学生活だった。

大学卒業後、某外資投資銀行入社して金融商品設計マーケティングに携わり、グリーディーでエキサイティングな時間を毎日毎晩送る。2008年9月にそんな日々も終わり、某日系証券会社に買収される。悶々とした毎日を送る中で、それが男子校中学生時代に感じた動物としての不自然さと同じ類いのものであることに気付く。その環境からの脱出を模索する中で、大学時代からの知り合いであるAちゃんと再会する。アメリカシカゴにて自分の好きなことやりたいことでもって自分の路を突き進むAちゃんに衝撃を受け、福山雅治演じる龍馬に強く憧れる。

数ヶ月後、無事会社を辞職した後に故郷の兵庫県に帰るも、付き合い始めたAちゃんとの遠距離恋愛がとても難しいことに気付く。観光ビザではアメリカに三ヶ月しか滞在出来ないことも知り、籍を入れて家族ビザを取得してアメリカに暮らすことを決めてシカゴで入籍する。昨年の夏からシカゴでAちゃんと暮らしている。

ですので海外に移住した理由は、Aちゃんと一緒に暮らすためです。

なにこれカッコイイ。

現地に移住してみてはじめて気づいた、日本で制度的、文化的な理由によりライフスタイルが縛られていることがあったら教えて下さい。

日本において東京に意思決定機構が集約されてしまったことで雇用が関東に集中してしまったことは、日本でのライフスタイルの多様化に制約をかけてしまったと思います。日本国内においては、大手企業と一般的に考えられている会社の本社又は本社機能は東京に存在します。翻って、米国ではニューヨークカリフォルニアイリノイテキサスミシガン等々、雇用を創造する大手企業が地理的に分散しています。雇用地理的に分散していることは、ライフスタイルも地理的に分散していることにつながり、それによって異なる地域での多様なライフスタイルを可能に出来ると思います。まずは、日本の大手企業が関東以外の場所に本社を置くメリットを感じるために、地方自治体に権限を譲渡して社会制度を変える必要があると思います。それが達成されるまでは、僕が感じる日本の縛られたライフスタイルは大きく変わらないだろうと思います。

これは僕もそうだと思いますね。東京の全てを飲み込む圧倒的な力は感じますが、それとは別にやはり日本に他にも東京ではない中心となる地域が必要だと思います。やり方の是非はありますが、そういう意味で橋本さんの考えは筋がいい。あとは、大阪東京のかわりではなく、シンガポールソウル上海香港などの他の国の都市と比較して、どのような競争力のある都市に設計するかですね。その、特異点を作るという観点から、日本で地方自治に権限を移譲するという取り組みはこれまで以上に必要だと感じます。

日本では達成することができなかった、現地に行って良かったと思われる点、海外生活の楽しい点などがあったら教えて下さい。

食生活全般について言えることだと思いますが、アメリカでは野菜や肉へのホルモン剤注射が一般化しているのでアメリカにいると日本にいるときよりも自分の口に入れるものに対して敏感にならざるをえません。その反面、オーガニック食品を中心に中国漢方やアユルベーダの知識を取り込んでより健康的な食生活を送ろうとする人たちもいますので、その人たちを見習いながら自分たちの食生活の根本を改善出来てきている気がしており、とても良かったと思っています。

シカゴでは夏になると野外フェスティバルが平日週末を通してほぼ毎日どこかで開催されており、芝生に寝転がりながらワインを片手に一流のライブ音楽を無料で楽しむことが出来ます。東京などの日本の都市部ではそのような開放的な感覚を味わうことはなかなか難しいのかなと思います。

食生活がひどすぎるから逆に見直すというのはおもしろいですねー。野外フェスティバルの話も羨ましい。

逆にここは日本の方が良かったという点、現地だとこれは達成できないだろうなと思われる点があったら教えて下さい。

日本のレストラン等の外食産業のレベルは非常に高いと思います。シカゴで高い評価を得ている高級レストランにも行きましたが、変に塩辛かったり味が単純過ぎたりして料理に感銘を受けることは滅多にありません。日本人の味覚の繊細さを海外で真似することは不可能に近いと思います。加えて、日本における温泉宿のような雰囲気を出すことも難しいと思います。僕は日本人なので日本人特有の情緒であるとか間の取り方が自然であると感じますし守るべきものであると思いますが、そのような日本人の文化を海外で達成することは出来ないだろうなと思います。

これは今月のクーリエ・ジャポンでも面白い記事があったのですが、日本でトップシェフとして働くフランス人シェフはとても幸せなのだそうです。

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それは、一緒に働く日本人シェフの質がとても高いから。特に食事、ファッションにおいてMade in Japanという言葉の意味が、「日本性」であることから、「日本的なエッセンスで洗練された」という意味になりつつある分野があると。

しかし、みんな食事のことを言うのは、よほど海外でカルチャーショック受けたんですねー。

日本と現地でライフスタイルの多様性を実現する上で大きな違いとなっているもの、日本では導入されればいいと思っている具体的な事例があったら教えて下さい。

上記しましたけれども、日本もアメリカのように地方自治体が強い権利を持つことになる、道州制のような制度が導入されて地方が元気になればいいと思っています。それが将来的に日本におけるライフスタイルの多様性を実現するのだと思います。外資証券の同期の友人が業界を辞めて小豆島に移って地域おこしの会社を設立したのですが、彼のfacebook日記から抜粋させて頂きたいと思います。

ここで非常におもしろい内容を紹介してもらっているのですが、Facebookの内容ということもあり、抜粋してよいものなのかわからないので、gamellaが要約してみます。

  • 国会議員をエリア代表制で選ぶのは今の時代にそぐわない
  • 世代間の不平等が今の一番の課題。これを解決するためには世代別の代表を選ぶ方が理にかなっている。世代別選挙を真剣に考えるべきではないか。
  • 地元の方とはなさせていただき、移住において重要なのは『e・職・住』なのではないか、と考えるようになった。ネット上でのコミュニケーションをベースに育った世代が移住するためにはまずe環境が必要。
  • 都会ではコストがかかりすげて叶えることができない夢も移住で叶えることができるという楽しくしたいことを集めることで好循環を産み出すことができるのではないか。
  • 東京でお勤めの方はネット環境は東京が一番面白いとおもってませんか?実は、徳島県神山町というエリアでは、ネット環境を高次元まで整備することで東京の企業のサテライトオフィスができるまでになっています。
  • なんと、川で仕事してます!! http://www.nhk.or.jp/matsuyama/rashinban/rashinban_01785.html
  • こんなおもしろいことが起こり始めています。四国にどうぞ!

途中から、gamellaの抜粋要約になったため、面白さが伝わるかわからないのですが、非常に示唆に富む内容でした。僕も道州制のような地方自治強化に賛成で、それは東京で何か物事を解決するというコストが通勤環境、住居環境を含めてべらぼうに高くなっているからです。そういう意味では日本を離れた人ではなく、東京を離れた人という観点もおもしろいなー、と思います。

現地にいても、これは日本と変わらず、個人の力で達成すべきこと、むしろ日本よりも重要視されることがあったら教えて下さい。

積極性と誠意はどの場所にいても、人間関係を構築したり自己実現のためには必要であると思います。それを肝に銘じてお願いや交渉をすると、その人が属している組織や縛りの枠の外で対応してくれることがあると思います。日本でも同じようなことは勿論あると思いますが、アメリカですとその可能性がより高い気がしています。

アメリカの人って、メールだけの付き合いだと全然そっけないのですが、一度アメリカに行って、一度一緒に御飯食べると途端に次からメールなどの対応でも優しくなる人多いんですよね。そういう意味で、前回のアンケートでも述べた運と縁って、世界共通なのかも。この分野に興味ある人は僕の先輩の@kosukさんとお酒を飲むといいと思います。

まとめ

彼女を追ってシカゴに移住した元外資系金融マンyokokawa244さんのアンケートを紹介しました。

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シンガポールで働くワーキングマザーのライフスタイル

今回回答いただいたのは、シンガポールで働くワーキングマザー3103さんです。

簡単な自己紹介と海外に移住した理由を教えて下さい。

米系企業に勤めるworking mother、現在育休取得中。

日本支社に在籍中に産休を取得、夫の転勤に伴い家族そろって移住。復職先はこちらのブランチの予定。今ポジションを探してもらっているところです。

最近、シンガポールに転勤する人も多いですね。アジアのビジネスのヘッドクオーターを税金の低いシンガポールにしたいという流れが多いのだと思います。

現地に移住してみてはじめて気づいた、日本で制度的、文化的な理由によりライフスタイルが縛られていることがあったら教えて下さい。

「日本にいる間は縛られていると感じていたけれどこちらに来たら解放された」と思う部分はたくさんあるのですが、それは制度や文化の問題というより、私がおかれている特殊な状況に因る部分が大きいと思います。簡単に言うと、私にとって縛りからの「解放」であっても、ローカルの人々にとっては「縛り」であるというものが多いなと今は感じています。

代表的な例で言うと、たとえば、こちらだと住み込みのメイドがすごく安価で雇えるので保育園以外の選択肢がある、と言えばそうなのですが、逆に現地採用のローカルの人々は産休育休合わせて3カ月くらいしかないので、彼らはその制度に縛られているわけです(私はまだ日本法人の従業員なので日本の法律に守られています)。3か月からこどもを預けようと思うと保育園はかなり限られるし高いし、より安価なメイドという選択肢があることはgoodに違いないのですが、でも3カ月で復帰しないといけないというのは母体にとって(少なくとも私にとって)かなりきつい選択を強いられていると感じます。なので、私にとっては選択肢が増えたのですが、ローカルの人にとってみれば「3カ月しか休めない」という制度的制約のバーターであるという側面は否めないと思うのです。

このように共働きが基本形態であるが故の「縛り」がローカルのみなさんにはほかにも色々とあるだろうと思うのですが(さっさと復職しろというプレッシャーが半端ないというのはこちらの人と国際結婚した友人から聞いたことがあります)、私にとってはこれも「解放」です。日本にいれば「そうは言ってもこどもには母親が必要だから」というのが一般的に言われることで、私も「やっぱりなるべく長く一緒にいてあげたいわよねぇ」と『思うわよね』というプレッシャーにさらされていました。早く復帰したい、というよりも、自分たちのタイミングに合わせて復帰の時期を選びたいと思っている私にとっては今の状況の方が「解放」と感じます。

また、私にとってもうひとつ快適に感じたのは、実際我が家はメイドを雇っていて、恐らく日本にいたらハウスキーピングの人を使うだけでもなんのかんの各方面から言われたかと思うのですが(他人に家のカギを預けるなんて!等)、物理的に遠いだけでかなりそっち方面の雑音はミュートされます。これは間違いなく解放と感じられる部分です。なので、結局私にとっては、自分のニーズにより合う国に来た、そして外野の雑音から遠いところにきたということに意味があったというだけのことかもしれません。

ただ、メイドという選択肢があることは、これは共働き夫婦にとって利点ある選択肢だというのは確かだと思うのですが、日本では制度的にも文化的にも難しいだろうと思います。

(ちなみに色々あって我が家ではメイド+保育園という方法を最終的に選択しました。選べるというのはよいことだなとここでも思いました。)

これは非常に興味深い話しですね。おっしゃるとおり、日本では3ヶ月で復職しようものなら、周りの特に年配のお局さまがたになんて言われるか。想像するのも怖い。でも、3ヶ月って、まだきちんと歩けない人もいるわけで、その状態で復職しろプレッシャーがあるというのは、人によっては耐えられないっていう人も多いかと思います。そういうなかで、選択肢がたくさん用意されている状況っていうのは、良いなーと思います。あと、メイド損害保険とかそういうものってあるのですかね。僕も家の鍵を預けるのには結構抵抗ありますが。

日本では達成することができなかった、現地に行って良かったと思われる点、海外生活の楽しい点などがあったら教えて下さい。

特定のコミュニティに属していないので、そこでの「当たり前」を強要される機会がものすごく減りました。早く復職しろだのするなだの、どういう保育園がいいだの保育園はよくないだのetc...しかし在外邦人のコミュニティに属していると色々と幼稚園選び等にも水面下の探り合いがあるようで、そこから遠ざかっていることがよいのかもしれません。とは言っても、こちらのローカルのコミュニティにも属していないので。。ローカルの皆さんにはローカルの皆さんの中での不文律に縛られている部分があるのだろうとは思います。

あとは一般的なところで食べ物の物価が安くかつ質も高いので基本的には外食文化、家族そろって毎日夕飯は外食とか、帰り道にフードコートで買ったきたもので済ませるとか、全然普通なので、働くお母さんが理不尽な責められ方をすることは日本に比べかなり少ないのではないかと。まぁでもメイド文化なので、基本子育てはメイド任せといった側面も否めず、私個人が手放しでこっちのやり方を絶賛するかというとそれはないです。いいとこどりをするように心がけています。

あと、複数民族国家なので基本的に多様性に寛容という文化的素地があります。日本人だからということで嫌な思いをしたことはほとんどないです。これは欧米なんかに行く場合と顕著に違うところなのではないでしょうか。ただ、日本人の駐妻は英語をしゃべれず日本人同士で固まっているというイメージは固定化されつつあり、うっかりしてると舐められます。なんだろう、「ぼーっとしてるとtake advantageされる」っていう感覚は日本にいた時は余りなかったのですが、こっちに来るとそれはかなり意識しています。ローカルマーケットとかで買い物するときも値札ないので、吹っ掛けられた時にちゃんと言い返せるかとか、そもそも吹っ掛けられないように振舞おうとか、あぁでも働く独身女子だった時は似たような感じありましたが、それよりはるかに生活に密着したレベルで足下見られないように気を張っている部分はあります。男の人だとまた違うかも。

その代わり皆はっきり物事を言うので、こちらもちゃんと主張さえすればお互い納得のいく結論にたどり着きやすいと思います。まどろっこしい会話もないし、店員の態度は悪いけどyes/noははっきりしているので、不快なことは不快だと告げれば改まることもある(当然そうならないことも多いです)。

それと、ここは勢いのある国なので、その他大勢の発展途上国同様だと思うのですが、こどもに優しい。みんなこどもが大好きで、ほとんどのレストランで子どもが入ることを嫌がらないし、時には大人の食事中店員が遊んでくれたりすることすらある。小さいこどもがいたらもう美味しいレストランには行けないと思っていたけれど、かなり自由に行けているのはこの国に来たおかげだなあと思います。タクシーの運転手もほぼ皆子連れに好意的で荷物の乗せ下ろしも積極的に手伝ってくれるし、この国の未来は明るいと思ってしまうほど感動的な光景。まぁでも全員ではないです、当然。でも言えばやってくれる。あと普通に街をゆくひとも子連れには優しいです。特に男の人。日本では男の人に何か助けてもらった覚えとかないのですが(席を譲ってもらうなど)、こちらではちょっとした段差に差しかかる前から、さっと助けを差し伸べてくれるなんてざら。タクシー待ってる時も「乗せる時助けるからね」って声かけてくれたり、タクシーの優先レーンに身障者や妊婦、老人以外に、小さい子供連れのひとも並べたり。とにかくみんなこどもに優しい。これは日本では同じお母さんたち以外から受けたことないレベルの優しさ。個人的に徴兵制度がある国はいざという時は女子供を守るのが俺たちの仕事だと思っているからだと思ってるんだけど…思ってるだけです。前に韓国人の知人(男性)に聞いたらそれはあるかもねと言ってましたがこちらではどうか知りません。

私は自分のバックグラウンドとして大学卒業してからずっと米系企業に勤めていたせいで恐らくこういうはっきりしたやりとりで物を捌いていくことを割と快適と感じる方だと思うので、このように感じるのはその影響が多分にあるかなと思います。というわけで見方を変えるとネガティブにもとれますよというのを次に書きます。

おもしろい話、参考になる話ばかりなのです。一番気になったのは、日本にいる僕と同年代の人で、一番感じたことのない感覚って「勢いのある国」っていう感覚ですね。良くも悪くも、勢いのあることって、バブルの頃は子どもだったので知りませんが、その国の性質が強くでることになるとおもうんですよね。

なので、もしかしたら日本人はもっと積極的にお金使いたいとおもっているのかもしれませんし、シンガポールはやさしい人が多いのかもしれません。ぼくは、清貧とかそういうことを信じてなくて、どちらかというと経済成長が貧困を減らすもっとも効率のよい方法だと信じている派なのですが、その勢いのある中で優しさが多い国っていいな、と思います。

あと、もう一個、油断しているとすぐに足元を見られる感覚って、日本だとあまりない(アメリカだと日本人だけ価格が違うとかタクシーがやたら遠回りするとかありますね)のですが、これもおもしろいなーと思いました。

逆にここは日本の方が良かったという点、現地だとこれは達成できないだろうなと思われる点があったら教えて下さい。

一にも二にも、サービスレベル。+質の高い均質なサービスを提供できる従業員。そういうひとたちには本当にお目にかかれないので、やっぱり日本という国のサービスレベルは物すごく貴重な資産なのだなあと思う一方で、もしかしたら日本人以外のその他大勢のひとにとってはあれは「過剰」以外の何物でもないのかも。ガラパゴスサービス?

たとえば、日本でもそれなりに高級なラインナップで知られる化粧品を使ったフェイシャルエステがあって、私はそれを1時間2000円という破格の値段で受けているのですが、エステの場所はごみごみしたフィリピン人の巣窟とも言うべき古いショッピングモールの中で、個室も、清潔感こそありますが、病院の大部屋の中のひとつのベッドをカーテンで仕切った感じのスペースで、ラグジュアリー感の欠片もないところなのですが、何より技術は確かなので全然問題ないわけです。でも多分日本にこんなエステあっても絶対流行らないと思うし私も行きません。

サービスレベルという意味で言うと、あとはサプライチェーンの不安定さ。自分が消費財の世界にいたから尚更感じるのだけれど、やっぱり日本の小売り業界の、商品の安定供給に対する期待値の高さは異常。こっちでは普通に水でもなんでもしょっちゅう品切れになる。次いつ入るか聞いても誰も知らない。なんでそんなこと聞くの?くらいの感じで鼻で笑われるか「え、こっち買えば?」って真顔で別のブランド勧められたりは普通。日本だと品切れしたらしばらく担当の営業が出禁になったりは普通なので、この国で営業が出禁になる為にはどれほどのことをやらかせばいいのかなあとか思ったり。でも実際に日本ではメーカーはその期待値を満たす為に必死で投資しているわけで、そんなことしてる人と金と時間があるのならもっとよいもの作る時間に使わないと、このひとたちにいつかは追いつかれちゃうのかもね、、と。ここでも、ガラパゴス小売業を感じつつ。

(ただ日本の小売りをフォローすると、いかんせん市場自体が非常に細分化されているのと限りなく商圏が狭いので、自分とこで欠品出すとすぐ近所に客を取られる、という強迫観念に常にさらされているという現実があるのは事実です、本当にそれが事実かどうかは別の問題ですが。。小売業自体の再編成がもっと進んで、上位5社くらいで市場を分け合うようになったら変わるかもしれないですね。当分先のことになるでしょうが。)

まーそんなこと言いながら私も、いつ行ってもこのブランドのこのサイズの水があるというのが当たり前の国から来たので、非常にストレスでした。笑 もう慣れましたが。

それとオンラインショッピング(デリバリーサービス含む)。何かをオンラインで発注するというのがまだまだ全然commonではないので、日本にいた頃はこども関係のものなどネットで買いまくっていたので、歩いて探しまわるのは本当に不便。店頭で買ったものでもデリバリーのサービスは点ではなく面で実施されるので(XX地域はいつ、というのが事前に決まっている感じ)、希望の日程がかみ合わず3週間以上待たされたことも。

あと、やっぱり、どこまでも求められる主体性。これは疲れてる時はちょっとしんどいです。店員はいつも強引だし、いらないものはいらないとはっきり告げないといけない。察する文化なんて基本的にはないし、たとえばバス停にいても手を上げないと通過されたりするし、バス停のアナウンスもない。仕事の場なら尚更で、ひとつの会社に勤めあげるのは別に当たり前ではないので、そういう意味で時間と労力をかけてチームを醸成しようという方向にエネルギーを使ったりはしないし、私はチームワークの化学が結構好きなので、個人プレー偏重はちょっと時々しんどいかと(まだ働いてないのでなんともですが)。←でも日本にいる間から電話会議とかしていても感じる部分です。

日本のサービスの質の高さとそれを達成するための過剰な投資の話しはやはりきちんと我々も考えないといけませんね。でも、それが商圏の狭さや細分化された需要を満たすための競争で、それに負けるとすぐにお客さんが取られるって視点はいままでなかったので面白いです。

あと、エステの話とかも非常におもしろいなー。なんか、そのままシンガポールでの生活的な内容で本を書けそうなおもしろさですね。

日本と現地でライフスタイルの多様性を実現する上で大きな違いとなっているもの、日本では導入されればいいと思っている具体的な事例があったら教えて下さい。

住み込みメイド。これは上で説明した通り。でも文化的にまだまだまだまだ難しいと思うので、看護や介護のエリアでもっと順調に実績を上げていって…とは思うけれど、どっちにしろ日本人の求めるサービスレベルには一生たどり着かないと思うので(日々実感)、かつそれがまぁ安価である所以でもあるのですが、その辺を割り切れるように日本人がなるのかどうか。。ならない気もします。

移民導入。最終的にはワークシェアリングがもっともっと普通になったらいいのになと思ってます。昨今話題になりましたが、女性は体の仕組みとしてどうしても妊娠出産をしようと思ったら仕事が一番面白くなる時期に前線を退かねばならず、一度退くと本人のモチベーション、制度の問題、文化的素地、色々組み合わさって再び元の状態で戦線に復帰するというのは難しいのが現状だと感じています。じゃあどうすればいいのかというと一朝一夕に解決する方法は多分なくて、個人的に最終形態として思い描いているのは、企業が常に余剰人員をかかえていて、activeなheadcountが全従業員の半分くらい、という状態。当然個々の給与は今よりかなり下がると思いますが、今後どんどん人口が減っていく中で、アウトソースできる単純作業をどんどんそぎ落として安価な外国からの労働力に担当してもらいつつ、残ったコアな部分をみんなで分け合って協力してまわしていけるような企業もあっていいのではと思います。その為にプロセスがきちんと明文化され、個人のrole&responsibilityは常にpositionとともに明確にされていることが必要です。この辺は私の聞く限り日本の会社ではあまりないようなので、全体としての仕事量を把握する為にも是非実現されていけばいいなと思っています。一方で個人的には24時間働けますか的な仕事の仕方も全然アリだと思っているので、全体の仕事量を明確化→positionにおけるR&Rに落とし込む→24時間働きたい人用のpositionも子育てしつつ減速しながらもがんばりたい人用のpositionも用意→使い捨て可能な労働力用のpositionも用意、みたいな形でbreakdownしていくのが当たり前になればよいのでは。しかしここでも敵はいつも既得権益を握る老人たちなので、立ちはだかる累進課税制度にどう挑むのか、まったく見えません。。

この国は、移民も多いし外国からの出稼ぎ労働者も多いし、そもそも複数民族国家で、それぞれが皆違う役割を持って働いていることによって成立している、という仕組みです。私はここに日本が生かすことのできるヒントがあると思っていますが、一方でこれは身分というか、クラスタの固定化という側面もはらんでいて、その辺はちょっと自分の中で答えは見えてません。たとえばこちらでは道路は常にきれいでごみひとつありませんがそれは常に道路掃除をする為だけの役割のひとびとが大量に安価で雇われているだけにすぎません。それは大抵インド系のひとたちで、じゃあたとえば日本でもそういう仕事を創出したとして誰かやるのかというと、多分誰もやらないんじゃないかなあ。みかけの上では皆「平等」であるはずの日本では、そういうあからさまな賃金格差があるような仕事には進んでつかないと思うのです。でも結局、多様性とは格差そのものであり、格差の受容なしには実現し得ないという事実を日本人が皆で痛みとともに飲み込めない限りは状況の変化は望むべくもないのでしょう。そして以前にgamellaさんが指摘していらした通り、民主主義の大原則である多数決に則って採決する限り、この国の行く先を決めるのは常に老人で、彼らが格差を作りだすとすればそれは常に老人に優位なものになっているはずで、「より高度に働く人により高い賃金を」「働きたいけれどそれが難しい人には状況を改善する為の手助けを」「働けない人にはそれなりの保障を」という再配分では自分たちにベネフィットがない以上、劇的な変化を望むのは難しいですね。。大分脱線してしまいました。

具体的な提言もあり、非常におもしろいなー、とすごく勉強になってます。僕も今、育児中で仕事量を意図的にある程度セーブしているのですが、セーブしている分、いろいろ見えてくるものもあります。それは、仕組みを作るという部分にかけている労力がやはり少ないんじゃないか、というポイントです。今後、この仕組みを作り、仕事のポジションを明確化する作業は日本企業が遅かれ、早かれ取り組む必要がある部分だと思うのですが、上に登りたい人は年収900万円を超えた辺りから現れる累進課税の壁、より緩い仕事で良いという人には、そもそも安価な仕事を大量に発注するということに対する忌避感があり、なかなか日本では進まなそうな部分ではあります。

なので、僕は最近、ちょっと考えが回ってきて、過去に自分でこの国にとどまることを「撤退戦」と表現しましたが、退路をきちんと考えずに「撤退戦」をすることほど愚かなこともないな、と思うようになってきました。そのためのヒントとして、「みんなでライフスタイル」をはじめてみたのですが、たくさん有意義な意見をいただき本当にやってよかったと思ってます。

現地にいても、これは日本と変わらず、個人の力で達成すべきこと、むしろ日本よりも重要視されることがあったら教えて下さい。

自分の人生を自分の責任において主体的につくること。それもかなり若いころから。

小学校の4年生の時点で将来がほぼ決まってしまう国なので、こどもの教育にはみなさん本気でお金かけます。それ以外にも、国民年金制度及び皆保険は既に破たんしているので、その辺も自分の責任でライフプランニングしないといけません。でもこの辺は日本ももっとそうなっていいんじゃないかなあと思うのです。小学校や中学校から投資や統計、戦略的思考、オブジェクティヴに物を考える訓練、もっと主体性を培うような教育になっていけば、そういうことをできる力を持った大人が増えると思うのですが。

こちらでは弱者や老人に余り優しいとは言えない国策が続いてきたことにより国民の不満が高まり、先日発表された2012年度の予算案では大きく今までとは違う方向に舵を切って、社会的弱者への還元をうたうものになりました。私が以前話したことのあるタクシーの運転手は「この国は若者や、働けるやつにはとことんサポートするが、そうでないものは生きていけない。自分の周りもみんな移住したり、それを検討したりしてるよ」と言っていて実際本人もオーストラリアに見学に行ってきたとのことでした。このままではこの国からシンガポール人がいなくなるのではないかと運転手が危惧していたのもあながち言い過ぎでもないのかもしれません。まぁでも、定年退職後に南の国へ移住するくらいバイタリティのある老人がいる国ってよくないですか。お国からもらえるものにだけたかって生きながらえようっていうのよりよっぽどいい気がするのです。それもまた老人の生き方の「多様性」として、ポジティヴに受け容れてもらえたらと思うのですが、ここでも日本のガラパゴスサービスレベルが立ちはだかるだろうなと思います。。70歳近くまで日本のサービスレベルの恩恵に預かってきたひとたちが突然南の国で主体的に老後を生きていくっていうのは、、日本人村でも作りますかね。。移民(若者)を受け入れ、移民(老人)を送り出す。。聞く人が聞いたら激怒して街宣車がうちまで来そうなこと思いついてしまいました。笑


なんか散漫に書いてしまって全然「米系企業で働いてます(キリッ」的な感じじゃなくてすみません。。分かりにくいところあったらまた連絡頂ければ補足させて頂きますので。。こんなのでお役にたちますかどうか。。

いえいえ、ものすごく役に立ちました。たぶん、このブログ始まって以来の社会的有用性の高さだと思います。

シンガポールの人はシンガポールの人でオーストラリや南の国に移住を考えているというのは非常におもしろいポイントだと思います。こうやって、もっと場所やサービスにみんな自由になっていけばおもしろいのになーと本気で思います。自分のライフプランを自分で作ること、より場所から自由になることっていうことをもっと考える、もしくは今囚われている場所から出るっていうのがポイントなのだと思います。

03
20

ロサンゼルスで暮らすライフスタイル

今回回答いただいたのは、ロサンゼルスで働くkskさんです。

簡単な自己紹介と海外に移住した理由を教えて下さい。

2007年に新卒で日系企業に就職し、その会社の子会社に2011年から出向でアメリカはロサンゼルス(以後、LA)に現在、滞在してます。特に、元から海外で生活したいという希望は全くなかったのですが、会社側から棚ぼた的に機会をもらったため、いろいろ検討し辞令を承諾してアメリカにくる事になりました。

最近、僕の周りでも結構海外勤務の話を聞きますが、全く希望はなかったというのが新しいですね 笑

現地に移住してみてはじめて気づいた、日本で制度的、文化的な理由によりライフスタイルが縛られていることがあったら教えて下さい。

制度的というよりは、文化的だと思いますが、「○○してはいけないのではないか感」という空気というか、世間の目みたいなものの影響というのはかなり大きいなと感じました。LAは、日本人(5万人くらい。正確ではないかも)もかなりいますが、まったく、そういう感じがありません。何でもあり。無法地帯。LAに着たばかりのときはそんな印象を受けました。

あと、敷かれたレールみたいのが日本に比べたら無数にあるという点。日本だと、大卒→大企業ないしそれに順ずるような企業にというのが、一番多いと選択肢だと思いますが、アメリカでは、それ以外の選択肢が多様にある感じがします。転職がしやすいという前提があると思うのですが、途中で職(仕事)を返ることに対する抵抗感というのが、アメリカ育ちの友人を見てると圧倒的に日本より低いと感じます。

無法地帯!敷かれたレールが無数にあるという表現が新しいですね。

日本では達成することができなかった、現地に行って良かったと思われる点、海外生活の楽しい点などがあったら教えて下さい。

年中気候がよくて、気持ちよいのと、その影響も多分にあるか感じますが、自由すぎる点。それ以外は、日本の方が断然楽しいと思います。

日本のほうが断然楽しいというのは、なんかこういうアンケートだと新しい回答ですが、日本って楽しいこともたくさんありますからね。

逆にここは日本の方が良かったという点、現地だとこれは達成できないだろうなと思われる点があったら教えて下さい。

安くておいしい世界各国の料理。時間通りに物事が進むすばらしさ。ファーストフードで注文しても、きちんと頼んだものが問題なく出てくるすばらしさ。チップ不要。公共交通機関の充実。サービス全般に言えますが、日本のサービスは過剰な部分があるのは否めないですが、世界トップだと思います。

うーん、すごいなー、日本。素晴らしいポイントだらけですね。僕もアメリカ行って思ったのが、食事が結構高いことです。自分の大学生活振り返っても、500円出せばお腹いっぱい食べれる定食屋から、1000円で多種多様なパスタが食べられる店までいろいろありましたが、日本だとまぁ1000円だせば、いろいろ美味しいものを食べる選択肢がありますが、海外って、そもそも一皿がでかいから、店に数人で行ってシェアして食べること前提なのですよね。これって、結構コミュニティとかに上手く属してないと食事面倒だな、と思いました。カフェみたいに入りやすいところもあるのですが、カフェのご飯って結構飽きるじゃないですか。いや、これって非コミュの人は結構きついなって思います。

サービス過剰の話はyukanonさんのアンケートでもありましたが、日本のマイナスポイントばかりではないですよね。

日本と現地でライフスタイルの多様性を実現する上で大きな違いとなっているもの、日本では導入されればいいと思っている具体的な事例があったら教えて下さい。

移民の受け入れ。肌の色ではもう判断できないくらいいろんな方がいるため、その人たちが持ち込んだバックグラウンドが、多種多様な価値観を、受け止める土台になってる気がします。逆にそれが、ネックでサービス全般に質が低いのだと思います。日本人の単一民族、同一言語というのはサービスの質の点でかなり有利に働いていると感じます。

たぶん、日本で低賃金労働がこれほど多くなっても治安が維持できているというのは、単に移民を受け入れてないから、という側面が大きい気がします。正直、僕は移民受け入れるほどの文化的な柔軟性がこれから人口が減る日本に残されているかというと、多分NOだと思うのですが、企業はガンガン留学生を採用する方向にシフトしていっているので、そこが突破口になってくれればおもしろいな、と思います。でも、そうなると日本人の就職は減る一方なのでこれもまた難しい問題なのですが。

現地にいても、これは日本と変わらず、個人の力で達成すべきこと、むしろ日本よりも重要視されることがあったら教えて下さい。

何かを達成する上での向上心や努力。努力した分だけ、報われやすい環境がアメリカにはあると思います。それに比べ、日本の方が、運や縁の人生への影響が多い気がします。

日本では運や縁がものをいうというのはそのとおりだと思います。ただ、例えば先輩のkosukさんとか見てもフリーランスで活動しながら運も縁もすごく大事にしていて、それが非常に次の仕事に結びついているんですね。この運と縁を大事にする部分っていうのに、どれくらい早く気づくかというのが、大事なポイントだと思います。

まとめ

ロサンゼルスで働くkskさんのアンケートを紹介しました。

03
15

インドで学ぶ大学生のライフスタイル

今回、回答いただいたのは、インドの大学に通う@yukanonさんです。大成長が見込まれるインドに興味を持っている人も多いのではないかと思いますので、参考になる人も多いのではないかと思います。

簡単な自己紹介と海外に移住した理由を教えて下さい。

はじめまして、 @yukanon と言います。インドに来る前は日本でIT系のスモールビジネスをしていました。その過程で、似たような商品・サービスを提供する企業がひしめきあう成熟した国内マーケットより開拓余地がありダイナミックな市場を持つ新興国でのビジネスに興味が移っていき、取締役に無理を言って代表を譲り、一年半ほど前からインドに学生として滞在しています。

新興国の中でインドを選んだ理由はいくつかあるのですが(民主義国家であること、英語が通用する等)一番の理由としては、「経済成長の予測に比例せず、他国と比べ日本企業・日本人の数が圧倒的に少ない」ことでしょうか。(インドの在留邦人の数は現在4000人程です。これに対し中国の在留邦人の数は約12万人。インドGDPは2015年に日本を、2040年に米国を上回るとの予測があるにもかかわらずです。)

これといった特殊スキルを持っていない自分にとって日本人であること以外に優位性がないと感じていたので、そういう決断の仕方をしました。人が選ばない道を選ぶことがビジネスの成功確率をあげることに繋がるのではないか、と思うからです。

そして私は一見するとかなり遠回りな学生としてインドの生活をスタートすることにしました。長期的な視点で考えた場合はその方が確実によいのではと思ったからです。ビジネスを英語で学べることができるのはもちろんのこと、若いインド人学生と一緒に寝食共にすることでインドの文化・生活・思想を垣間見ることができるというのが大きな理由としてあります。そういう面倒な過程を経験してこそ、インドという癖のあるマーケットでビジネスにいきる分析力や直感力や養われるのではと思うのです。

卒業後は就職するか自分自身でまた何かをはじめるか決めてはいませんが、「ビジネスを通して人々の生活と社会に貢献する」という私のビジョンを明確にするような場所に身を置きたいと思っています。

@yukanonさんとは、@yukanonさんが日本にいたころから知り合いで、インドに行くと聞いた時に、ものすごく驚いたのですが、すごく納得しました。ちょうどそのころ攻殻機動隊SACで有名な神山監督が作った「東のエデン」というアニメが僕と@kosukさんと@yukanonさんの間で流行っていて、その映画を一緒に見た後、インドに行くという話を聞いてびっくりしたのを覚えています。

インドという日本人が少ないところに、あえて学生という遠回りな道を行くという逆張りと軽快なフットワークが@yukanonさんのすごいところですね。正直、今まで聞いた海外移住のなかでも一番男前な理由だと思います。

現地に移住してみてはじめて気づいた、日本で制度的、文化的な理由によりライフスタイルが縛られていることがあったら教えて下さい。

実は私は雇われた経験がこれまでないので、日本でもライフスタイルが縛られていると感じたことがほぼないのです。インドでもまだ学生なので自由な身です。なので、これは国家間で比較ができずごめんなさい。”

ベンチャー企業を経営していると、そういう日本のしがらみに逆に直面しそうな気がするんですが、そうでもないんですねー。

日本では達成することができなかった、現地に行って良かったと思われる点、海外生活の楽しい点などがあったら教えて下さい。

インドに来て得られたなぁと思うのは、ぱっと思いつくだけで3点ほど。以下箇条書きです。

インドの英語は訛りが強いですが、日本で中途半端に勉強するよりずっと英語力がつくと断言できます。またインド英語の早さに慣れると、英米のネイティブの英語のスピードにも臆病でなくなります。それからインドでしか使われない独自の英単語というのもあるので(例えば10万をlakh、1000万をcroreとします)インドでビジネスをしたいという場合に、インドで事前に学ぶというのはよい選択肢だと思いました。

ハングリー精神というのは外的環境から得られるものだと気づきました。1秒たりとも時間を無駄にしないよう教科書を読みながら歩いている学生や、家族の生活を少しでも楽にしようと仕事をしながら学業も両立する友人、そしてあらゆる場所で見かける、望んでも学問を受けられない物乞いの子供たち。そんな環境にいるだけで不思議と自分の中の甘い考えや行動が是正されるように思います。

  • 環境適応力

衛生・生活環境が悪くインフラ整備が十分でない場所で生活することに、最初は戸惑いや苛立ちを感じていましたが、慣れるとそういった感情はすぐになくなりました。具体的には、頻繁な停電・一時断水・煩雑なお役所手続き・インフラ未発達から起こる交通渋滞・人や交通機関の時間に対する大幅な遅延などです。

これは確かにインドに行かないと感じないこと、わからないことが多いですね。これって、まるまる日本に今ないものの3つのリストのような気がします。そして、成熟した先進国ではなかなか直面しない問題でもあり、このような事情を把握していないと、インドでの直感力が働かないという意味で、学生として生活してみるというのは確かに遠回りのようで、実は王道なのかもしれません。

逆にここは日本の方が良かったという点、現地だとこれは達成できないだろうなと思われる点があったら教えて下さい。

「現在」現地より日本にいた方がよいことは特に思いつかないのですが、「これまで」現地ではなく日本にいてよかったこととしては、世界トップレベルの商品やサービスの質を見て生まれ育ったということでしょうか。それを基準とし現地の生活やビジネスを相対的に見ることができますので。(時にそれは脅威とも成り得えますが、基本はメリットが大きいかと。)

例えば、折り畳み傘が日本製に比べるとびっくりするほど重いし黒と紺とか地味な色しかないなぁとか、購入したばかりの服が洗濯すると色落ちがひどいし物凄く縮むなぁとか、そういう小さな話ばかりなのですがインドに来なければそういう「身の回りのごく普通の日本の商品の優位性」に気づかなかったなぁと。

何が言いたいかと言うと、日本の優れた製品というと自動車やハイテク機器などの話になりがちですが、インドのような途上国ならほとんどの製品やサービスは日本の方が優れています。ビジネスをはじめる前にまとまった期間を現地で現地人と一緒に過ごし、そういうものが垣間見れたのはよかったなぁと思いますし、その経験が今後生かせればと期待しています。”

日本の過剰品質、過剰サービスを語る人がいますが、エマージェンシーマーケットで、ではどのくらいの品質、サービスが適当かを考える上で、日本のトップレベルの質を体験しているというメリットは実は多くの人が述べていますね。特に日本は閉じこもれば閉じこもるほど文化が成熟するのは江戸時代からの伝統みたいなものですから、では日本で過剰ではない品質、突き抜けた部分はどこなのかをということを考えるのは、例えば海外旅行に言ってもおもしろいトピックだと思っています。

私事ですが、先日サンフランシスコに行って感じたのは、日本の都市、特に東京と他の都市の一番の違いって電車の便利さだなーと思いました。ほとんど無制限に拡張し続ける東京という大都市ですが、これって車を持たなくても生活を維持できる圧倒的な電車インフラに完全に依存しているのだなーと。こういう大きい部分から、小さい部分までいろいろ違いがわかってくると、おもしろいなーと思います。

日本と現地でライフスタイルの多様性を実現する上で大きな違いとなっているもの、日本では導入されればいいと思っている具体的な事例があったら教えて下さい。

確実に批判がでそうな意見ではありますが、「英語を日本の公用語に加える」というのは個人的にありではないかと思っています。

例えばインドでは方言を含め800以上の言語があると言われています。日本人には想像がつきにくいと思いますがインド人同士の会話でもお互いの母語が異なれば、公用語ヒンディー語か英語を話す必要がでてきます。

私がこちらで学生を始めたばかりのころ、マリヤラム語を母語とする2人のクラスメートが会話をしていたところへ、マリヤラム語が話せない別の子が来た途端2人がヒンディー語に言語を変え、その後さらにヒンディー語が苦手な別の子が加わると、他の3人が英語に切りかえるという現場を目の当たりにし愕然としました。

ちなみにインド人のすべての人が英語が話せる訳ではなく、全人口12億人の10分の1程度と聞いたことがあります。それでも若い人を中心に英語に抵抗がないという事実は、海外の有名大学へのインド留学生を増加させ、海外で働くインドビジネスマンを増やし、最終的に彼ら彼女らが生んだお金はインドに戻ってくるのです。

例えばハイテク企業は言わずもがな、他にもアメリカの医師の38%、NASA科学者の36%がインド人らしいです。それら海外に点在するインド人が母国へ送金する金額は年間550億ドル(2010年)にまでのぼります。(インドは世界最大の海外送金受け入れ国です)一方日本人は言語が壁となり、個人でも企業でも国際化を阻害されてしまっていることは確実です。

またあまり知られていない事実ですがインドには海外からの留学生が意外と多くいます。私の大学にも多く海外留学生がいるのですが、その大半がアジア中東アフリカ系です(逆に欧米系はまったくいません)。その留学生達がなぜインドに留学しに来るかというと、本当は英国・米国に留学したいがビザや資金の問題があるので、安価で英語で学べる環境を望んでくるのです。

優秀な海外留学生を受け入れることは、長期的に国益に繋がります。日本の大学に留学したいけれど、日本語で断念する海外の学生は非常に多いのではと思います。確実に機会損失です。確かに英語を日本の公用語に加えることのデメリットもあるかもしれませんが、メリットの方が格段にあるのではと個人的に思うのですが。

…とはいえ国単位では正直まったく現実味がありませんので、この辺までとしますが楽天ユニクロを中心に大手企業が社内公用語を英語化、というのは非常にいい流れだと思いますしそれらが成功事例となってどんどん他の会社にも広がり、英語力の必然性が社会全体に広がればよいなぁと思います。

インド事情の話が圧倒的におもしろいですが、すでにある程度大きな多国籍企業にいたら英語がないと仕事にならないのは日本でも普通の感覚になっているとは思います。エンジニアでも英語の仕様書読める、読めないで大きく仕事の幅が変わってくるだろうし。

ただ、以前のアンケートで書いたのですが、日本人が日本語で行なっているコミュニケーションって良くも悪くも「空気を読む」という点において非常に濃密なものなのですが、このコミュニケーションってあるていどなくなってもいいのではないかと思うんですよね。コミュニケーションが可能という点があるから、空気に従うことを強要する側面もあると思いますし、そういう意味では高等教育の選択肢として英語があるというのはありだと思います。そして、実際にそういう大学はICUを始めいくつかあるはずです。

日本語は高等教育を行える数少ない言語ですので、別に全てを英語にしろというわけではないのですが、大学という場でそういう取り組みがもっと積極的に行われてもいいんではないかと思います。ただ、日本の大学のレベルでそれが行える場所がどれくらいあるかというと、かなり数は限定されると思いますが。

まとめ

インドで大学に通う@yukanonさんのアンケートを紹介しました。個人的に@yukanonさんがインドに行った理由とかもわかっておもしろかったです。こういうことにチャレンジしている人がいるというだけで、勇気づけられたり、同じようなチャレンジをしてみたいと思う人もおおいのではないかと思います。

03
12

カナダ/バンクーバーで暮らすエンジニアのライフスタイル

今回、回答いただいたのは、ノキアバンクーバー支社で働く@parchanさんです。バンクーバーといえば、幾多の世界で住みやすい国アンケートのNo.1の常連国ですから、興味のある人も多いのではないかと思います。

簡単な自己紹介と海外に移住した理由を教えて下さい。

初めまして、@parchanと申します。いつもブログを愉しく拝読させて頂いております。(一部プライベート情報なので割愛)

3年半前にノキアバンクーバー支社にて現地採用され現在に至ります。結婚を目前に控え、当時の極限的な忙しさとその後数年のワークライフバランスを考慮したところ最善の選択に思えたため短期的な海外移住を決意しました。

僕の直接の知り合いではないのですが、@umitanukiの友達の@parchanさん。短期的な海外移住という選択は、これまでの事例と異なっている部分だと思います。

現地に移住してみてはじめて気づいた、日本で制度的、文化的な理由によりライフスタイルが縛られていることがあったら教えて下さい。

どちらかというとドMでして縛られている方が好きなので、良い悪いという観点を除いてあえて申し上げるとやはり雇用に関する考え方が緩いのは確実です。

同僚のエンジニアの中には同じ職場の中で過去4年間にPermanentのポジションにも関わらず3回もレイオフされていたり、レイオフされたと思ったら出会いを求めてバンクーバー五輪の交通整理のボランティアをしていたり、自主退職パッケージの募集がかかると喜んで速攻退職して独立したかと思ったらしばらくするとまた別の会社に就職していたりと、不安定さに対して社会も当人もとても寛容です。また、少なくとも私のまわりでは総じて皆ポジティブで、そのような境遇を正当化するのがとても上手です。

雇用に関して、日本がナーバスになりがちなのは、アイデンティティが会社に紐付いてしまっていたり、そもそも転職するよりも長く働いた方が待遇が良くなり続けるという給与制度にある気がします。で、この不安定さを受け入れるというのが、今後重要な要素になってくる気がしますね。つまり、変化に対して寛容になるというのは、不安定さも受け入れるということですから。

日本では達成することができなかった、現地に行って良かったと思われる点、海外生活の楽しい点などがあったら教えて下さい。

労働時間は圧倒的に少ないです。事情があれば家から働いても問題ありません。賃金あたりで換算すると求められる仕事量も前職の百万分の一くらいです。

そのような環境で、結婚直後から初出産に至るまで、家族で共有できた多くの時間は得がたいものであったと思います。

その他に、様々な国の人達や文化、考え方と触れ合えるですとか、汗かきな自分でさえクーラーがいらないですとか、夏は遅くまで明るいので仕事を上がってからゴルフに行けるですとか、冬は職場から30分でスキー場に行けるとか色々ありますが、これらはきっと海外旅行というかリゾート的な価値に過ぎない思っております。

労働時間少なすぎ、、、、前職どれだけ忙しかったんでしょうね。僕も今育児のまっただ中ですが、子どもが小さい時に一緒にいてあげる時間というものはすごく大事だと思います。

逆にここは日本の方が良かったという点、現地だとこれは達成できないだろうなと思われる点があったら教えて下さい。

元々、自分にとって合気道が大きなウェイトを占めており、故郷の神戸の道場に通いたいがために大学卒業後の職場を関西に探したという経緯があります。そのような地域に根ざしたコミュニティーとの繋がりは海外に持っていけるものではありませんしインターネットも役立ちません。

私事ですが、家庭も落ち着いたのでそろそろ神戸に帰ろうと思って仕事を探しています。

たぶん、僕も移住した時に一番ネックになりそうなことはここなのかな、と思いました。というのも、たぶん日本語かつ日本人って、良くも悪くも意思が疎通できすぎるのだと思います。サンフランシスコでこの前@umitanukiとご飯食べた時に言っていたのですが、アメリカにいると基本的に日本人と日本語で話すような相手の考えていることまで完全に読み取れるようなことはなく、どうしてもコミュニケーションミスが発生してはいけないときは原則案件管理システムなどで文字でコミュニケーションするそうです。これは仕事だけではなく、普通の地域コミュニテイでもそうで、日本人が日本人と交わしているコミュニケーションの方が、移民や異なる人種があるまる社会では外れ値みたいなもので、みんながすくなくとも友好的であるという前提にたたないとそもそもコミュニケーションが成立しない、というような一面があるのだと思います。

日本にはこのコミュニケーションの濃さが息苦しいと思う人も多いと思いますが、僕とかはそういうのは全然大丈夫なのですが、自分が今まわりの友達と交わしているコミュニケーションが実はとんでもなく濃密なものであるという可能性も考えてみる価値はあるかと思います。

日本と現地でライフスタイルの多様性を実現する上で大きな違いとなっているもの、日本では導入されればいいと思っている具体的な事例があったら教えて下さい。

ございません。多国籍で価値観が様々なので世間の目が気にならない、ということは言えるかもしれませんが、気にする気にしないも結局は個々の考え方次第でしょうし、会社や社会のサポートに依存しようとする限りライフスタイルは制約されてしまうのだというのが私の理解です。

そうですね。海外行く人って、そもそも独立自尊の考え方多いと思います。

現地にいても、これは日本と変わらず、個人の力で達成すべきこと、むしろ日本よりも重要視されることがあったら教えて下さい。

私の場合、膨大なプライベートの時間が得られた半面、職場で経験を得るチャンスも大きく失われましたので、腕を磨き続けるという点においては、自己責任の度合いが大きくなりました。

また、会社に対してニュートラルな関わり方を保つ以上、自分のアイデンティティは日頃から明確に意識出来るようにしておかないと、切り離されたときにピボット出来なくなってしまいそうです。

この部分って、逆にいうと日本ではなぁなぁにされている部分でもあると思います。日本は腕を磨くことが給料を維持することに直結していないのですが、業種によっては激務によりそれが間接的に保証されているという一面もあるかと。会社とニュートラルな関わり方になることも海外に移住する上で日本とことなる大きなポイントになりそうですね。

まとめ

カナダ/バンクーバで暮らすエンジニア@parchanさんのライフスタイルを紹介しました。いくつか大事な示唆があり、それは地域や友達とのコミュニケーションの濃さ(特に非言語部分)、自由と不安定さのバランスなど考える点が多いと思います。あと、生活コストの質問なども入れておけば、実際に移住考える人の参考になるのかなー。

03
03

東南アジア/プーケットのリゾートで暮らすライフスタイル

今回は以下のエントリーをみて声をかけたプーケットに住んでいる@geek_niigataさんに回答いただきました。

以前、僕が以下のエントリーに月10万円をネットで稼ぐことができれば、東南アジアのリゾートに住むことができると書きましたが、まさにそれを実践している方で非常に興味ふかいです。

簡単な自己紹介と海外に移住した理由を教えて下さい。

こんにちは。ギークハウス新潟プロジェクト(http://www.geek-niigata.com/)です。

高血圧と軽い脳梗塞になり、冬に倒れるリスクが高いとのことで思い切って新潟からタイのプーケットへ移住してみました。

冬に倒れるリスクがあるということであれば、海外移住で一番ネックとなる、家族とのしがらみも関係ないですね。自分が倒れたら一番迷惑をかけるのが家族なので。そういう意味では、すごくわかりやすい理由ですね。

日本では達成することができなかった、現地に行って良かったと思われる点、海外生活の楽しい点などがあったら教えて下さい。

“自由時間でしょうか。

現地の年配の方は1年中ゴルフをやっています。

温暖な気候も行ってよかった点です。暑いと思われがちですが、年中28度前後とそこまで暑くはありません。雨季は雨が多いですが、プーケット離島で海が近く洪水の心配がありません。

それと地震の心配がほぼないのは魅力的です。在住20年の方曰く震度3以上の地震は経験がないそうです。

小さいことですが、欧米からの移住も多いので安くイタリア料理が食べられたりします。

タイの風土や気質が合えばストレスがほぼないですし、豊富な自然ときれいな海に囲まれたスローライフを月4万円程度で満喫することができます。”

一年中暖かく、豊富な自然と美味しいタイ料理を月4万円程度というのは羨ましい限りです。地震がないというのも嬉しい人がおおいかな、と思います。

逆にここは日本の方が良かったという点、現地だとこれは達成できないだろうなと思われる点があったら教えて下さい。

温泉。こちらにも温泉はありますが、辺鄙なところにありますし数も少ないです。

食事。和食クオリティは日本にかないません。

この2つは恋しいですが、逆にこれぐらいです。

あと日本の方が良かったという点とは毛色が違いますが、50歳未満だと長期ビザが取りにくいのでちょくちょく近隣諸国に出国しないといけないのが多少不便ではあります。

また外国人は土地の取得ができないです。

ネット回線はADSLは割と普及してますが光がバンコクの一部だけ、3G回線は主要都市だけです。

車が日本より少し高いです。

まだいくつかありますがいずれにせよ物価安に比べたらだいぶ小さいデメリットです。

温泉と和食はたしかに新潟から移住したら恋しいでしょうねー。

日本と現地でライフスタイルの多様性を実現する上で大きな違いとなっているもの、日本では導入されればいいと思っている具体的な事例があったら教えて下さい。

大きな違いといえば格差に対する概念でしょうか。

格差を認めた上で、それぞれライフスタイルを選択できるタイと、世界でも屈指の格差がない国なのに格差是正と言ってる日本では大きく違いますよね。

タイは単純労働技術者の給料、働き方に大きな差があります。

単純労働は安い賃金の代わりに多くを問われません。工場などはものすごい人数が働いており実質的なワークシェアリングです。反面、技術者は高給で、働き方も日本と同等です。

ただ、生活コストが低いので低賃金でも苦しくないことと、他人を妬まない気質他、多くの要素が日本と違うので日本での導入は少し難しいかもしれません。

それとライフスタイルの多様性を実現するには規制緩和が必要です。

タイと日本では法律・規制に関して世界でも両極にいますので比較自体ナンセンスな感じもしますが、

日本の雇用起業の規制と煩雑さはなんとかしたほうがいいと思います。

こういった日本の規制や概念を変えるのであれば啓蒙していくしかないと思いますが、僕は短期的な変化に懐疑的です。

それより日本より多様性のある国に移住する方が現実的かなと思います。

そして今以上に若年層の人口が少なくなり発展をあきらめざるを得ない状況になってくるか、もしくは移民が増えて多民族国家になると自然とライフスタイルが変わるんじゃないかと思ってます。

ここはおもしろいポイントだと思います。

今、日本は全体的に格差を認めない、格差を産む要素を徹底的に叩くことで、全体不幸に陥っているポイントが多いと思います。ただ、この圧力がドロップアウトを押し上げるというものではなく、どちらかというと上に突き抜けようとする人の壁になっている事例が多い気がするんですよね。例えば、GREEモバゲーに対するバッシングが最近すごくネットに見られますが、あの二つの企業は世界進出を本気で目指しているわけで、個人的にはすごく応援しています。タイのような生活感は、日本では生活コストが高すぎて難しいとは思いますが、格差も一つの多様性として認める、とくに上に突き抜けようとする人を止めず、むしろもっと世界で稼いでもらうように応援するような姿勢があってもいいのではないかと思います。

現地にいても、これは日本と変わらず、個人の力で達成すべきこと、むしろ日本よりも重要視されることがあったら教えて下さい。

個人の力で達成すべきことはなんらかの方法でお金を得ることです。

タイの企業で働いて生活することも可能ですが、理想は家賃収入や投資、ネット、日本の企業からのアウトソーシングでお金を稼ぐことです。

タイで働く場合は日本と違って同じ企業でずっと働いても賃金が上がりにくいのでスキルアップして転職を繰り返すことが重要みたいです。

あとは細かいことを気にしないタイ人気質を理解することです。

タイにフィットするのに一番重要なことかもしれません。

例えば、@geek_niigataさんは海外投資をメインにお金を稼いでいるそうですが、実はお金を稼ぐのって、稼ぐ額の目標額が下がれば、いろんな戦略ができるようになるんですよね。例えば、月10万円稼ぐなら、月10万円稼げるものを見つけるのではなく、月3万円稼ぐ方法を3つ見つければいい。これはかなり現実的なことです。

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ただ、東京みたいに生活するのに月15万円から20万円は必要ということになると、これは途端に厳しいことになる。となってくると、シェアハウスとかで住居費を圧縮するのが最近すごく流行っているのもわかるなー、と思います。

03
01

米国/ベイエリアのエンジニアのライフスタイルを考える

たびたび僕のブログでも名前がでる@umitanukiのアンケートです。

簡単な自己紹介と海外に移住した理由

@umitanukiです。29歳です。23歳でソフトウェアエンジニアになってから数年間日本で働いた後、ベイエリアの米国企業に誘われて2011年秋よりこちらに引っ越しました。きっかけは以前からオープンソースPostgreSQLの開発に参加しいくつか機能を実装するうちにその成果が目に留まったようで、LinkedIn経由で転職活動をしました。移住した理由ですが、簡単に言えばソフトウェア開発の本場で働きたいというのが理由です。もともとソフトウェアにかじりつく前から親や企業や国に依存しなくても生きて行けるようになりたいと思っていたので、そういう人間になるためのパスとして希望していたというところが強いです。

@umitanukiは後輩の中でも、とびきり優秀で、このアンケートを開始したときもまっさきに声をかけました。LinkedIn経由での転職の話はいかのエントリーでもどうぞ。

オープンソースPostgreSQLの開発に参加し、その成果で転職したというのが、キャリアとしておもしろいな、と思います。

海外に移住してみて気づいた、日本で制度的、文化的な理由によりライフスタイルが縛られていること

何と言っても時間的な拘束は格段に下がりました。これはやはり文化的な側面が強いと思いますが、日本では顧客があれこれ言うことに細かく付き合うことに価値があるのですが、こちらではそれはあまり価値を生んでいないような気がします。この傾向は特に日本のIT産業で顕著でそれはIT産業がコンピュータサイエンスをベースにしているのではなくて建築業をベースにしているからだと思いますが、単に産業が未熟なのかもしれません。一般的な大企業製造業では日本でもそれほど時間的拘束がないような気がします。

ただ、これはIT産業に関わらず言えることですが、アメリカは食料品から家の立て付けまで、あらゆることが大事な80%に集中するのに対して、日本では残りの20%を非常に重視するというのは確かだと思います。そういうことの積み重ねが上記のような差を生んでいる気がします。

この大事な80%にフォーカスする米国と、最後の20%まできちんと重視する日本という構図はいろいろなエンジニアリングの話で最近たびたび聞きます。というのも、米国はまずフレームワークを作るきる力が強いんですよね。しかも、それが大きくなればなるほど、どこに力を割けばいいものができるかというのをきちんと考えてから、そこに優先的に力を割く。ちょうど、この話は最近Twitter入社したLimechatの作者の方のブログでも言及していますね。

これは日本の文化的にライフスタイルを縛っている大きな要素なのかもしれません。

日本では達成できなかった、海外に行って良かったと思われる点、海外生活の楽しい点

これは難しい質問ですね。仕事の面ではもともと楽しみにしていた「多様な人と働く」という点で日本では全く達成できなかったことが達成できてハッピーです。もともと私の目的は「国に縛られない生き方ができる人間になる」ということだったのでその点においては向かうべき道のりにいるように思えることがとても良かったと思っています。

プライベートでは家族と過ごす時間が増えました。拘束時間が減ったということ以外に、こちらでは何事も家族単位で付き合いがあったりすることもファクターだと思います。

逆に日本の方が良かったという点、海外だと達成できないだろうなと思われる点

正直に言えば今のところあまりないのですが。。。まあいつも言っているのですが日本は特殊な国で特殊なマーケットなのでそこで活動できるということ自体がとてもプレミアムなことだと思うのですが、それはこちらに来るにあたって失った機会だと言えるでしょう。

ないのかー、それはすごくいいことだなぁ。

日本と海外でライフスタイルの多様性を実現する上で大きな違いとなっているもの、日本では導入されればいい、と思っていること

働き方という面ではうちのオフィスにはいろいろな人がいます。ある人は最近までフランスの自宅から働いていたし、最近実家の事情でインドに帰ったけどインドから働いている人もいるし、それまではフルタイムだったけど子供が生まれたからしばらくはパートタイムで働いている人もいます。あとは夕方から来て夜中に帰る人もいます。ただしそのどのケースも、実力のある人たちで過去にある程度実績を残しているので、一時的にと考えているケースもあれば、まあキャリアアップは望めないけど現状維持で働いてもらう分には申し分ないよね、というふうに思われているようです。

「週4時間だけ働く」でも記載されてましたが、アメリカて自分のアサインされている仕事さえきっちりこなせば、本当に文句いわれないようです。この合理的な考え方は是非日本でも導入されてほしいですね。

海外であっても個人の力で達成すべきこと、日本よりも重要視されること

ここではほぼ個人の力がものを言うと思います。Googleの例を出すまでもなく社員食堂が一流だったり天気が良かったり時間的拘束が少なくていつ来ていつ帰ってもいいような感じなので楽だと思うかもしれませんが、本当に真面目にやっている人は一度帰った後も仕事をしているし、結果で評価されるので駄目だと思われればあっという間に仕事がこなくなるので緊張感を自分でキープしないと生きて行けないという気がします。つまりここで働いている人たちは少なくとも自律できるという点において、日本とは違うなという感じがしています。日本は企業が手厚くいろいろやってくれるしもっと言えば未だにタイムカードを押している会社もあると思いますがそういう風に「管理」してくれるので自律しなくても何とかなっている人も多いのではと思います。アメリカでは収入がある人は全員税金処理を自分の責任でやらないと行けないのもその証拠の一つだと思います。

アメリカで働くっていうのは、ここがポイントなのかなーっと思います。@umitanukiのように実力がある人が自律できる覚悟をもって働く職場っていうのが、日本では少ないっていうのがあるのかなーっと。よく社内で自由にしている人の話題になるのですが、結局それって圧倒的な成果や実力の上で勝ち取っている自由なので、まずは実力がある人が自律できることが第一なのですよね。マッチョだと思われるかもしれませんが、この部分の先により多様なライフスタイルがあるのではないかと思います。

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ライフスタイルの多様性を改めて考える「みんなでライフスタイル」プロジェクトを始めます

少し前になるが、ネットを眺めていたら唐突にこんなことば飛び込んできた。

搾取される感じがするものはとにかくもう嫌なんですよ

この言葉は、筑波大学の学生が年金や健康保険などの社会保障を通して自分が搾取されることへの嫌悪感を表明しているのだが、多くの人が若者特有の感性をたしなめる一方、僕にとってはこの感覚はとても真っ当に感じた。多くの人が感じているものを表す総体として「搾取される感じがするものはとにかくもう嫌なんですよ」という大学生が発したこの言葉は一つの側面において正しい。たぶん、圧倒的に正しい。

搾取されている感じが嫌な若者が直面してきた搾取

なぜ、僕がこの「搾取される感じがするものがとにかく嫌なんですよ」という言葉を最初に持って来たかというと、多くの人、特に若者が感じていることをもっとも率直に表すとこの言葉になるのではないかと思ったからだ。近年新卒採用の数が減り、就職できない人の数が増えて来ている。ただ、これは若者だけが直面している問題ではなく、単純に日本から職の数が減っているという現実がある。今の大学生に聞いてみても、僕が就職活動をした6年前から比べても就活事情は厳しくなっている。今までなんやかんやいって、僕の出身校では就職できない人はレアだった。自分が納得できる、できないにかかわらず、みんな何かしら最後はどこかに就職していた。だけど、今の大学生に聞くと、だいたい全体の1/3は就職できない事態らしい。残りの人は、そのまま就職留年したり、専門学校に行ったりする。この傾向は今後も加速することはあっても減速することはない。企業の新卒主義を批判する動きはそもそも新卒世代に影響を与える。成熟した社会において、全てを解決する魔法のような制度や方法論は存在しない。

今の20代前半の人々は、産まれてからずっと不景気と言われ続けており、好景気だっと時の記憶がない。このような状況におかれて、いきなり高齢化社会に突入し、さあ、これからあなたがはらう税金はほとんど高齢者のために使われますし、年金は払った額よりも減る可能性の方が高いです!といわれたら、誰でもげんなりする。その状況をあらわす言葉として、搾取されているという感じがとにかく嫌なんです、という後ろ向きだが積極的な意見はすごくしっくりくる。

高齢化社会において若者の未来がなくなるのは民主主義の仕様バグ

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厚生労働相により、2060年の人口がおよそ8000万人と現在から4000万人ほど減少する予測が発表された。国の発展の過程で、人口ボーナスという状態がある。これは国の人口構成で、子供と老人が少なく、生産年齢人口が多い状態であり、豊富な労働力で高度の経済成長が可能となる。ちょうど日本では、高度経済成長期が人口ボーナスの時期に該当し、戦後の多産多死社会から少産少子社会へ変わる過程で現れ、この期間で発展出来なかった国は経済成長が難しいと言われている。日本はこの人口ボーナスという時期を、アメリカに国の防衛を委託することで、全ての国の力を経済成長に回すことができた。この時期の若者は、ただ仕事をするだけで経済は成長するし、経済が成長し続けるため、就活に困ることもなかった。

だが、これから日本が迎えるのは、老人しか増えない社会でどのように経済を維持、もしくは軟着陸させるかという極めて困難なタスクである。超高齢化社会は、我々が選択することなく、ただそこに存在するものとして社会全体が突入する。超高齢化社会において、多数の老人が無意識的に若者から搾取を行うことになってしまうのは、多数派の意見に従うことが大前提の民主主義において正義である。正義ではあるのだが、若者は自発的にこの状態を選択したわけではなく、ただ、社会の仕組みがそうであるから搾取され、若者の未来も先細る。僕はこれは民主主義の仕様バグであると思う。この自分が選択されても、ただ社会の仕組みがそうであるから搾取されていることに対する自己防衛から、最近、ライフスタイルの多様性と日本を飛び出すこと、もしくは日本と海外に半々くらい居住することに対するあこがれが強くなっているように感じる。

ライフスタイルの多様性と国家・社会との関係について

最近、良く日本を飛び出して世界各地に居住し、自由に働くライフスタイルを紹介する本、雑誌、人が増えている。代表する人として高城剛、本田 直之、雑誌だとGOETHE、本としては僕のブログでも何度も取り上げた「週4時間だけ働く。」などがあげられる。また、Twitterでもこの主張をする人が多く、生活の主体を海外におきたい、日本での生活に飽き飽きしている、といった主張の人が見られる。この主張自体は間違えたことではないし、個人が目指すのは自由なのだが、ではマクロ視点でみた場合、積極的に海外でキャリアを気づきたいというような方向ではなく、どちらかというと日本での生活がいやだったり、そもそも正社員の待遇を望みながら生活は有期の社員として自分の好きなように働きたい、休みたいという主張が多い。この根底には日本での生活が正社員として一つの場所に束縛されるか、フリーランス契約社員、業務委託として自分の腕一本で食べていけるようになるかの究極の2択しか存在せず、その中間の解が存在しないことがあげられる。おそらくこの中間部分の何処かに、ライフスタイルの多様性の鍵となる要素が存在しているはずだ。

といっても、僕は正社員としてハードワークをすることで、企業と一緒に成長していこうとする姿勢を批判するつもりは全くない。いや、それどころか後述するが、この企業と一緒に正しい方向にハードワークするというのが将来的な自由をつかむ上で最も早道だと思っている。基本的に自由とは自立、つまり自分の力で立てることが大前提となる。そのためには、自分の力を伸ばし、どこにいても一緒に仕事をしたい、仕事をお願いしたいという関係を顧客と作ることが王道であり、それ以外の方法で、ライフスタイルの多様性を例えば何か制度的なもので実現しようとすれば、それは国の方針や政策に自分の自立という最も大事な部分を依存することになる。子育てなどのそもそも国や地域が責任を持ってサポートすべき事柄も存在するが、ライフスタイルの多様性を望むならば、国や地域のサポートがなくても自立することもその可能性の一つに入れた方が、最終的に到達できる自由のレベルは高いと思う。

国の制度的なサポートでライフスタイルの多様性が実現されている例としてよく引き合いに出されるのがオランダワークシェアリング制度である。ライフスタイルの多様性の例としてよく引き合いにだされるオランダであるが、このワークシェアリングの制度の導入に伴い、パートタイムジョブの人の数も劇的に増加していることを忘れてはいけない。国がある状態からある状態に進化をする時、それは劇的な進化をする事例は少なく、多くは世代交代による意識の変化に伴い、進化が斬新的に進む事例の方が多い。日本は他の国と比べれば、ある閾値に社会が達した時に劇的な変化を国民全体が許容することができる国であるとは思う。だが、これからの50年で人口が4000万人減る国で、本当に新たな制度を導入できる世代交代を行う力を日本が残しているのか、という疑問はある。世代交代なしに社会の仕組みを大きく変えようとするならば、それは大きな痛みを個人が許容する必要がある。正直、その余力が日本にあるのか、特に正社員という固定的な地位をすでに取得している人が、それを手放す社会的な正義が存在するのか、という疑問がある。民主主義という制度において、超高齢化社会における高齢者特権階級化、制度の固定化は正義ですらある。そのようなあやふやな国の制度に依存することなく、個人として前の向き方を考えたい。

きちんとした個人としての前のむき方を考える

この文章の目的は、ライフスタイルの多様性や日本からの海外に移住する具体的な方法論を提供することではなく、もう一度自分が実現したいことは何かを考えるためのものである。そのために、最も有効な方法は、つい最近まで日本にいて、最近、海外で暮らし始めた人が見えてきたもの、感じたことを集めて、そこから見えてくることを以下のテーマで考えてみるのがよいのではないかと思った。

  • 日本で制度的、文化的な理由によりライフスタイルが縛られていること
  • 日本では達成できなかった、海外に行って良かったと思われる点、海外生活の楽しい点
  • 日本と海外でライフスタイルの多様性を実現する上で大きな違いとなっているもの、日本では導入されればいい、と思っていること
  • 海外であっても個人の力で達成すべきこと、日本よりも重要視されること

上記のポイントをクリアにすれば、今の自分の置かれている環境が日本という制度、文化に依存しているのか、それが海外に行けば解決するのか、単純に自分の今の立場が納得できないことを日本という環境の責任にしているだけではないか、ということを考えることができる。

まとめ

というわけで、これから何人か個人的な知り合いなどに声をかけて以下のアンケートをお願いしていきたいと思います。

  • 簡単な自己紹介と海外に移住した理由
  • 海外に移住してみて気づいた、日本で制度的、文化的な理由によりライフスタイルが縛られていること
  • 日本では達成できなかった、海外に行って良かったと思われる点、海外生活の楽しい点
  • 逆に日本の方が良かったという点、海外だと達成できないだろうなと思われる点
  • 日本と海外でライフスタイルの多様性を実現する上で大きな違いとなっているもの、日本では導入されればいい、と思っていること
  • 海外であっても個人の力で達成すべきこと、日本よりも重要視されること

すでに何人か個人的な知り合いの方々には声をかけており、ありがたいことに声をかけた人はみんな協力していただけることになりました。もし、ここまで読んで、このエントリーの趣旨に賛同し、海外在住でこのアンケートに答えてもいいよ!という方がいたら、一般公開を前提に是非以下のフォームからご回答いただければと思います。

また、ご意見、ご感想などもしあれば、Twitterやっているので、@gamellaに送っていただければ。よろしくおねがいします。